僕が考えていた

「五人来る。そのうちのひとりは、ほれ、この前んときと同じ子だ。俺が昔つきあってたネイリストの友達だよ。そいつにオーダーしといた。若くて、ちっこい、派手目な子がいいってな」
「ちょっと待て」
 小林がしゃべってるのを遮って、僕は手をあげた。
「この前のときと同じ子が来るってのか?」
「え? ああ、そうだけど?」

 手をあげたまま僕はしばらく考えた。これを話してたのは同期で集まって飲んでいたときでmd senses 好唔好、僕たちは安いチェーン店の居酒屋にいた。ちょっと前に小林が「急遽執り行う」と言っていた同期会が実現したのだ。つまり、これは篠崎カミラについて同じ部署であろう清水に訊くためのものだった。ただ、発案者である小林はそのことを忘れてるようだった。実際、妙に酸っぱいレモンサワーを飲みながら、僕たちはかれこれ一時間ばかり下らない話しかしてなかった。

「なんだよ。どうした? おい、まさかあの子を狙ってんじゃないだろうな。ありゃ、よしといた方がいい。顔があまりよろしくないだろ? お前はもっと上を狙える人間のはずだ」
 小林が喚くようにしゃべっているあいだ僕は手をあげつづけていた。「すこし黙っててくれ」と示したつもりだ。僕が考えていたのは、であれば鷺沢萌子のことも聴けるんじゃないか? ということだった。小林言うところの「顔があまりよろしくない子」と鷺沢萌子とにはなんらかの繋がりがあるはずだ。もしかしたら彼女がいまどこにいるか知ってるかもしれない。

「なんだよ、固まっちまってよ。――ん? そうだ、思い出した。清水、お前に訊きたいことがあったんだっけ」
 僕が沈思黙考してるあいだに小林は本来の目的を思い出したようだった。もしくは、どこまでも僕を酒の肴にしようという肚づもりがあるかだろう。
「ん?」
「いや、お前の部署に新しい女の子が入ってないか? 背がえらく高くて、やけに地味な子だよ」

「ああ、あの子な」
 清水はちょっと顔をしかめさせた。
「ふた月ばかり前に来たんだ。よくは知らないけど、どうも縁故採用らしい」
縁故採用? 偉いさんの子供とか親戚とかか?」
「だから、知らないんだよ。ちょっと前まで別の会社のやはり総務にいたんだそうだ。だけど、本人がああだろ? あまり自分のこと話さないんだよ。話しかけても『はい』と『いいえ』くらいしか言わないしな。ああいうのはめずらしいよな、最近」

 それまで別種の下らない話をしていた二人も顔を向けてきた皮秒去斑 價錢。「めずらしいってなにが?」と広報部の望月が訊いた。清水は面倒そうにこたえた。
「なんて言うのかなぁ。ま、簡単にいえば暗いんだよ。いつもどんよりしてる。さっき小林も言ってたけど、背がえらく高いんだ。佐々木とそこまで変わらないんじゃないか? ま、それくらいでかいんだ。しかも、クォーターらしいんだ。それなのにってのも変だけど、まあ暗いんだ。こう、髪がいつも頬にかかっててさ、たいがいはうつむいてる。目を合わそうともしないし、ずっとひとりでいるよ。昼休みもぷいっとどっかに行っちゃうしな。うちの女子どもも持て余してる。いや、入ってから間もないから、そのうち馴れるかもしれないけどな、お互いに」

 清水が口を閉ざすと、なんのためかもわからない沈黙が訪れた。僕たちは互いを見あった。篠崎カミラを知っている三人(僕、小林、清水だ)は背中を震わすようにした。知らない二人はそれを見て首をすくめさせた。
「それって怖い話とかじゃないよな? その子は実在してるんだろ? お前たちにだけ見えてるってわけじゃなく」
 望月は真顔でそう言ってきた。

「まさか。っていうか、お前たちの方こそあんな背の高い女を見たことないなんておかしいぜ。目立つはずだけどな。エレベーターで出会してみろよ、たいがいの人間より頭ひとつ分は出てる」
 それでも二人は見たことがないと言った。僕は椅子に背をあて、吐き捨てるように私見を述べた激光嫩膚
「存在感が薄いんだよ。背が高いのを気にして目立たないようにしてるんだ。だから、気づかなかったんじゃないか?」
「ああ、そういう感じするな。隠れるようにしてるもんな。――だけど、なんであの子の話になったんだっけ?」

 小林は身体を大きく揺すらせ緊張していたのを振り切ると、にんまりと笑った。
「その子が佐々木を狙ってんだよ。この前もずっとこいつを見つめてた。そのあとで『重要な話』があるって言われたらしい。ま、こいつはああいう地味過ぎる子が嫌いだから聞かなかったみたいだけどよ」
「ふうん」
 声を合わせるようにして三人は僕の顔を見た。
「佐々木こそ目立つもんな。背はうちの会社で一番高いだろ? それに、顔もそこそこだ。それでどうしてモテないか不思議だ。――ん? いや、この前、彼女ができたんじゃなかったっけ? そういう噂を聞いたぜ。佐々木が妙に浮かれてる。仕事もしないで帰るって」
「やめとけよ」
 ニヤけた顔を崩さずに小林は身体を前へ出した。

「かわいそうだろ。こいつ、また振られたんだよ。で、カレーもハンバーグも食べられなくなっちまったんだ。それくらい傷ついてるんだよ」
 僕は小林の後頭部を思いっきり張った。他の三人は「カレーもハンバーグも食べられない」というのがものの譬えなのか実際にそうなのか解せないといった顔をしていた。
「だけど、ほんとに不思議だよ」
 清水は腕組みをしながら、また違う顔つきで僕を見つめた。もういいから――と僕は思っていたけれど、しょうがない。この手の話(僕がどうしてモテないかについての話題だ)は同期で集まったときの定番だった。なぜかはわからないけど、だいたいいつもその話になるのだ。

「どうしてこうまでモテないか不思議だ。モテる要素はたくさんあるのにな。ごくたまに彼女みたいのができても長くつづかないしよ。うん、まったく不思議だ」
「こいつは呪われてるんだよ。モテない呪いをかけられてる。もしくはセックスがありえないくらい下手かだな。でも、大丈夫だ。今度の合コンこそ呪いが解けるきっかけになる。この俺がそうさせてやる。セックスの方は――ま、そっちは自分でなんとかしとけ。風俗にでも通いつめるんだな」
 小林はそう言ってレモンサワーを一息にあおった。けっきょくその話に戻るのだ。